遺言執行者が遺言書の定めに従って遺産等の処分を進めていく場合、様々な利害関係を有する人たちと衝突することがあります。例えば、遺言ではAさんに全部不動産を遺贈する内容でありながら、相続人Bさんが自己名義へ相続を原因とする所有権移転登記を行ったうえで第三者Cさんに売却したりするようなケースです。不動産の相続手続きの場面ですと、法務局は基本的に提出された戸籍などの資料に基づいて登記を行いますので、遺言書の存在が不明のまま名義書き換えが事実上行われたりすることも考えられます。このような登記は実体を正確に反映しておらず、無効な登記記録と言えるでしょう。
遺言内容と実際の権利義務関係が異なる場合、本来的に遺言書の内容が優先されます。これは、遺言を残した方の最終の意思表示を最大限尊重すべきと考えられているからです。遺言執行者がいる場合、相続人といえども遺言内容と異なる処分を行えば「原則として」無効になります。そのような相続人の行為は法的に効果が発生していません。BさんとCさんの売買契約も「原則として」無効です。
もっとも、Cさんからすれば遺言書やその執行者の存在により取引に支障が生じるのではたまったものではありません。Cさんに遺言書の存在、その内容、そして遺言執行者がいるかどうかの確認まで求めるのは加重な負担と言えます。単に売主に訊けばよい、というだけでリスクを払拭できるものでもなく、かと言って公証人役場に遺言書の照会をかけるのも現実的ではありません。
そこで民法では、遺言執行行為に抵触するような無効となるべき相続人の行為は、その無効を「善意の第三者に対抗することができない。」としています。すなわち、遺言執行者は、遺言書の内容と抵触していることを知らない(「善意」)Cさんに対し、BさんとCさんの売買契約の無効を主張することができず、結果、遺言書の内容にかかわらずCさんは目的物件を有効に購入することが出来ることとなります。
遺言執行者を妨害する行為について、以前は絶対的に無効とされ、Cさんが保護されるためには別の法律構成を考えなければなりませんでした。この点、現行民法は善意の第三者保護規定を新設することにより、遺言者の意思尊重と取引の安全を利益衡量してバランスを図っていると言えるでしょう。
徳丸修一